理学部生、遺伝カウンセラーになる

"遺伝"と触れ合いながら生きていく、試行錯誤の記録。twitter @sakie_irayで最新情報を発信中。

 遺伝カウンセラーが泣いてしまう動画 その4

前回に続いて第4弾。いよいよシリーズラストです。

 

NSGC(アメリカ遺伝カウンセラー協会)40周年記念のスピーチより、

「遺伝カウンセリングの専門性の40年:これからについて

を紹介します。

 

www.youtube.com

 

記事タイトルに溢れ出てしまっているように、

私はこのスピーチを聞いて、最後らへんで泣きました。

 

演者の方のこれまでの苦悩が垣間見えたと同時に、

みんなで乗り越えていきたいという強い気持ちが私の胸をじわりと熱くしました。

 

日本から見たら輝いて見えるアメリカの遺伝カウンセラーも、

迷い苦しみながら歩んでいるんだと気づかされ、

明日の仕事に向かう私に静かに寄り添ってくれる動画でした。

 

それでは、つたない訳を載せていきます。

正直よくわからない箇所もあって、意図を推測してざっくり書いてしまっている部分もありますがご容赦ください。

 

演者のMary Freivogelさんの声色も、ラストのスライド(!)も合わせて聞いていただきたいスピーチなので、

動画を別ウィンドウかスマホで再生しながら読むのをおすすめします(^^)

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

さて、みなさんにこれからクイズを出します。準備はいいですか?

今からあるものの特徴を挙げていきますので、それが何か当ててください。

いいですか?では始めます。

 

・それは詳細な個人および家族の病歴を収集します。

・それは鑑別にあがる病名を挙げます。

・それは遺伝子検査のインフォームドコンセントを行います。

・それは遺伝子検査の結果を説明します。

・それは標準的とされる治療方針、管理方法を調べて提示します。

 

みなさん思い浮かびましたか?

 

もし遺伝カウンセラーだと思っているなら、残念、違います。

私が読みあげた特徴の全て、実はAIチャットのことを指しています。

 

医療がより少ない資源でより多くのことを提供できるように向かっていることは、疑いようのない事実です。

より少ない資金、時間でより多くの患者を診察し、人間同士のやり取りをできるだけ少なくすることが求められています。

 

人工知能(AI)はそれに応えるツールとして注目され、

AIは人間よりも答えを導き出すまでの一貫性や、その速さが優れていることが示されています。

 

私たちが好きかどうかは関係なく、テクノロジーはここまで来ているのです。

私が話す内容が思い出せるようにAIが使われていようとも私は構いません。

 (会場:笑)

 

◆◆◆ 

 

少し話はそれますが、AIをサバイバルゲームの競争相手とするなら、どうやってプレイすればよいでしょうか?

勝てる見込みがない所で何とか一歩先を狙うべきでしょうか?

多分違いますね。

相手が不得意とする点を見つけて、それに肩を貸して一緒に戦っていくべきでしょうか?

 

正解!

 

それが成功の秘訣です。

 

 AIに無いものとは何でしょう?

“こころ”です。

 

AIは患者さんの声は聞けても、そこに含まれる恐怖を聞くことはできません。

AIは患者さんの目を見ることができても、そこに浮かぶ不安を見ることはできません。

AIは患者さんの体を認識できても、そこから発せられる緊張をとらえることはできないのです。

 

でも、遺伝カウンセラーにはできます。

 

遺伝カウンセラーは患者さんと接する時、他の専門職にはできない技術を用いてサポートを行い、独自の立場から患者さんを支援します。

 

Minouche Shafikさんの最近の言葉にこのようなものがあります。

「仕事で重要なものは、これまでは肉体、今は頭脳、これからは“こころ”になるだろう」

 

 有難いことに、私たちは遺伝カウンセラーとして何年も“こころ”を用いてきました。

私たちは時代の先にある未来を見てきました。

そして、私たちの強みを正しく使って戦えば、この先の未来を進んでいくことができるし、その準備はできていると思います。

 

◆◆◆

 

遺伝カウンセラーの専門性はカウンセリングに深く根ざしています。

Carl  RogersやSeymour Kesslerなどの指導者によって示されたカウンセリング学です。

 

しかし、時が経つにつれて、遺伝カウンセラーの行う支援はカウンセリングモデルから教育モデルに移っていきました。

 

 私たちは今、

目の前の患者さんにどんな心理的な問題があるか?

家族の中に生じる変化はないか?と気にかけることより、

情報提供の方に重きを置いてしまっています。

 

具体的には、セッションのほとんどを遺伝カウンセラーが話す時間に費やしながら、

疾患の遺伝形式や遺伝子検査の情報提供を行っています。

 

しかし、研究では、遺伝カウンセラーが話す時間が少ないほど患者さんが得るものは大きくなると示されています。

 

 カウンセリングモデルを用いた支援により、感情面や知識面のスコアが改善することはもちろん、満足度(遺伝カウンセリングを受けてよかったという思い)が高まることが分かっています。

 

なぜなのでしょう?

なぜ分かりやすい利点にこだわってしまうのでしょう?

私たちはなぜ、情報提供に偏ってしまうのでしょう?

 

もしかしたら、セッションで事前に準備した説明を行うほうが楽だから?

もしかしたら、 効率化のプレッシャーのせいで、質問したら深い話し合いになってセッションが長くなるんじゃないかと心配してしまうから?

 

そうであれば、それは私たちが「非指示的」の解釈を勘違いしてしまったからでしょう。

「非指示的である」ということは「情報提供以外はしてはいけない」という意味ではありません。

 

そうであれば、それは私たちが「遺伝カウンセラーは本当の意味でのカウンセリングまではできていないし、それをするには別の専門職に紹介する必要がある」と思ってしまっている、そう、まるで「自分は詐欺師」と思ってしまっているからかもしれません。

 

◆◆◆

 

今日はこのような考えはは置いておきましょう。

 

遺伝カウンセラーは十分な教育を受け、専門性を提供する準備ができています。

扱う疾患が世代を伝わるものでなかったとしても、患者さんにカウンセリングを提供します。

 

私たちは、リスクアセスメントや診断といった医学的見地を超えたものを扱う能力を持っているのです。

 

 

私はみなさんに、日々の現場でこれを実践してほしいと思います。

 

みなさんは患者さんよりたくさん話していませんか?

 

患者さんが推奨される治療やスクリーニングを受けたり、ライフスタイルを変えていったりするのに何が妨げになっているのか、考えていますか?

 

患者さんが遺伝子検査の結果を家族と共有する力を高めるような、5つの家族のダイナミクスを掘り下げていっていますか?

 

患者さんと長期的な関わりを築いていますか?

 

患者さんに一度に過度な情報が押し寄せないように、様々な介入を治療の経過に合わせて調整していますか?

 

 

 もしみなさんがこういうことをしていないのであれば、遺伝カウンセラーの強みを実践できていないと言えます。

遺伝カウンセラーにしかできないことを活かしていないばかりか、自分たちが将来活躍できるように必要な義務を果たしていないとも言えます。

 

 私は遺伝カウンセラーであり、職名に「カウンセラー」という言葉があることをとても誇りに思っています。

カウンセリングは私の専門性の根源的な要素ですので、名刺に自分を説明する言葉として「カウンセラー」が書かれていることは自然なことです。

 

カウンセリングこそAIができないことですので、最大限に活かしましょう。

 

“こころ”があるからこそ私たちが人間として存在し続けられるように、カウンセリング技術こそが遺伝カウンセラーが専門職として残り、発展していくために必要な要素なのかもしれません。

 

◆◆◆

 

しかし、カウンセリングには時間がかかりますし、遺伝カウンセラーも他の医療従事者と同じように、より少ないリソースでも多くのことをしないといけないというプレッシャーを感じます。 

効率の良さが求められます。

 

どうすればいいのでしょう?

 

同時にカウンセリングモデルを活用して患者さんにできるだけ多く話してもらえるようにしましょう。

 

ルーチンの業務を頼める誰かがいるなら、空いた時間はできる限りセッションに充てましょう。

そうすれば、患者さんとより有意義な時間を持つことができるはずです。

 

みなさんはもう誰のことか分かっていますね。

 

AIを活用しましょう。

 

AIが助手席につくのは許して、運転席はゆずらないでハンドルを握り続けましょう。

そして、他の方法よりももっと上手くこの道を進んでいきましょう。

 

AIと対抗すると私たちのポジションが失われる可能性があります。

対抗するのではなく受け入れて、AIが担当する範囲、AIが担当して良い境界線を決めましょう。

また、AIの適切な使用を推し進め、ルーチン業務に費やす時間を短縮すれば、患者さんとの出会いから得られる専門職としての充実感を大きくすることができるはずです。

 

きっと私たちはより高度な試練を試されることとなるでしょう。

私たちは毎日、当たり前のこととして、多様な対応を求められることになるでしょう。

より高度に挑戦されます。

私たちは日々、より多様な経験をするでしょう。

今後、今の単調な業務の代わりに、より深い患者さんとのつながりや感情面での充足感が求められていくでしょうから、

患者さんと対面しない役割についている遺伝カウンセラーの数は少なくなっていくと思います。

 

◆◆◆

 

 

NSGCは遺伝カウンセラーがこの新しい世界への移っていけるように、何ができるでしょうか?

遺伝カウンセラーの専門性の拠り所として、俯瞰できる立場から現場の私たちを支えていくでしょう。

NSGCは、私たちが「怖いな」と感じるような挑戦に役立つような道具、自信をつけてもらえるような教育を提供していくでしょう。

 

 

私たちが慣れている教育モデルから離れましょう。

そして、私たちの能力をより高めてくれるカウンセリングモデルを用いましょう。そうすれば、きっと遺伝カウンセラーは医療界におけて独自の存在である続け、専門職としての充足感をより大きくすることができるはずです。 

 

◆◆◆

 

患者さんとの対話はより複雑になり、それを掘り下げていくことで、日々の仕事の思考の部分の負担は減るでしょうが、感情労働による疲れは増す可能性があります。

でもNSGCはこれまでと変わらず、遺伝カウンセラーがサポートを得たり、強みを伸ばしたりできるコミュニティを育てていきます。

 

◆◆◆

 

私たち遺伝カウンセラーには、道具も、ノウハウも、トレーニングやサポートもあります。

だから、他の誰かができることの後ろに隠れるのは止めましょう。

AIチャットでもできることなら、任せましょう。

動画でも代用できることなら、任せましょう。

他の医療専門職でもできることなら、その人をあたたかく迎え入れ、やり方を教えて任せ、サポートしましょう。

そして、捻出した時間で貴重なこと、あなた以外に誰にもできないことをしてください。

 

私たちは、単に医療情報を教育する人ではありません。

インフォームド・コンセントを行う人でもありません。

 

もうこれは一番、ずっと声をあげて言いたかったことなんですが、

私たちは、患者さんが専門家や保険会社が決めた遺伝子検査の基準にあっているかチェックする人でもありません。

 

私たちは遺伝カンセラー、”こころ”を用いて仕事をする人です。

 

最後に、NSGC40周年のお祝いの気持ちを添えて。

(会場:拍手)

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

みなさんはどこの部分が印象的でしたでしょうか?

 

私はアメリカで「教育モデルに偏ってしまった」という反省点が挙がっているということに驚きました。

 

そしてここまで心理的援助の重要性を強調する方針になっているということも知りませんでした。

 

でも、私はこれで少しほっとしました。

 

私が理学部生だったころ、遺伝カウンセラーのどこが魅力的に思えたかというと、

心理的援助を行うところでした。

 

そりゃ遺伝学の知識を駆使するscientificな側面も憧れましたが、

むしろ、遺伝子変異という変えられない”運命”を持った人々が、どう新しい人生を作っていくか、それをどうサポートするのか?というところに強い関心がありました。

 

そういう思いで遺伝カウンセラーの養成課程に入学しましたので、

心理的な支援やコミュニケーションの勉強はとてもワクワクしていたのを覚えています。

 

しかし、近年、人類遺伝学会や遺伝カウンセリング学会などでは、

「遺伝カウンセラーはラボや現場で遺伝子変異の解釈ができることが重要だ」という声をよく聞くようになりました。

 

もちろん、それも大事。それが遺伝カウンセリングの出発点であることは間違いないので、アノテーションの知識がないのは論外である。

 

が、しかしですよ。

 

じゃあ「カウンセラー」の意味なくない?

何のための「遺伝カウンセラー」なんですか?それは遺伝専門医と何が違うんですか?

医師だとコストが高いから遺伝カウンセラーにやらせればいいという意味ですか?

 

患者さんが遺伝カウンセリングに求めているのは「正しい遺伝子変異の解釈を教えてくれる人」じゃないですよね。うん多分違う。

 

私が目指したい「遺伝カウンセラー」は患者さんがいない場所でPCに向かって正しい答えを出す専門家じゃない。

目の前の人がその人らしく生きる手伝いをしたいんだ。

その勉強をもっとしたいのに・・・何でそういう声は聞こえてこないの?

他の遺伝カウンセラーもそれでいいと思っているの?

 

どこにぶつけたらいいか分からない怒りや動揺を感じていました。

 

そして今回の動画を見て。

 

そうか、その知識の役割は将来AIにお願いできるようになり、

より心理的援助が重要になるのかと気付きました。

 

なんだ、なんだったんだもう。よかった・・・。

 

心が軽くなりました。と同時に、説明モデルになっている自分を反省する機会となりました。

 

以上、とりとめのない文章になってしまいましたが、

同じような想いを抱いている遺伝カウンセラーにこの記事が届けばいいなと思います。

 

まぁ、AIが、AIがと言っても日本で実用化されるのはまだ先でしょうから、

明日からもアノテーションの勉強もしっかりしていきたいと思います。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

井令 咲絵(いれさき)