理学部生、遺伝カウンセラーになる

"遺伝"と触れ合いながら生きていく、試行錯誤の記録。twitter @sakie_irayで最新情報を発信中。

【文献】遺伝カウンセラーの給与の男女差について

今日は論文紹介です。

「忙しくて論文なんて読む時間がないけど、おもしろそうな研究は気になる!」という方の役に立てたらいいなと思い、稚拙な頭でトライしてみます。

 

さてさて、遺伝カウンセリングに関する研究が集まった雑誌に、Journal of Genetic Counselingがあります。

https://onlinelibrary.wiley.com/journal/15733599

この中で私が興味を持った論文をピックアップして紹介します。

 

論文タイトル

「遺伝カウンセリング担当者の男女の給与の差について」

 

遺伝カウンセラーのお給料に男女差はあるのでしょうか?
どういう領域でその傾向が顕著なのでしょうか?

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  • そもそも社会一般的に女性の方が男性よりも年収は少ないという格差があります。
  • NSGC(米国遺伝カウンセラー協会)の調査でも既に遺伝カウンセラーの年収に男女差があることが分かっています。
  • 今回は「じゃぁ、なんで男女の遺伝カウンセラーで年収が違ってるの?特にどういう現場で起きてるの?」という疑問を深堀りした研究です。

 

この研究を1分で紹介

NSGC(米国遺伝カウンセラー協会)会員へwebアンケートを行い、年収と様々な要素の関係を調べたところ、

  • 全体的に女性の遺伝カウンセラー*1の給与は男性より低く、特に臨床以外で働く遺伝カウンセラーではその差が顕著だった。
  • 男女が同じ割合で昇進の交渉していたとしても、また、リーダーシップの経験が同じでも、男性遺伝カウンセラーの方が賃金が高いことがわかった。
  • 遺伝カウンセラーの間でこの賃金格差に気づいている人は少なかったため、事実の周知と、交渉やリーダーシップの教育を進めていく必要がある。

 

この研究を詳しく紹介

The gendered pay gap in genetic counseling

First published:03 March 2020

https://doi.org/10.1002/jgc4.1236OPEN ACCESS)

 

背景

  • アメリカの遺伝カウンセラーの95%は女性である。

 

  • 年収を性別で比較すると、男性遺伝カウンセラーは女性よりも平均で約9,400ドル高いと分かっている(2019年)。

 

  • しかし、その理由は不明であり、もし不平等な待遇や社会的偏見があるなら対処する必要がある。

 

  • 一般的に男女の賃金格差が生じる理由として、男性の方がより交渉する機会が多く、また、交渉が成功しやすいから、リーダー職に男性が多いから、女性は家庭の役割を担うことが多くパートタイムで働く人が多いから、という点が研究で指摘されている。

 

  • また、女性の割合が多い業種において男性は「ガラスのエスカレーター効果」を経験しやすいと言われている。(同じ資格を持つ女性よりも高い割合で管理職に就く傾向のこと)

 

  • これらの原因が遺伝カウンセラーの間でも起きているのかどうか、今回初めて公式に調査した。

 

方法

  • 2019年6-9月にNSGC(米国遺伝カウンセラー協会)会員へwebアンケートを実施した。
  • 質問は5つのパートで構成された。
  • ①基本情報(人種、年齢、性別、障害の有無、学歴や資格、経験年数、勤務内容が臨床か非臨床か)
  • ②年収と雇用形態
  • ③これまでに昇給の交渉をした回数や成功率、交渉の方法、管理職としての経験の有無
  • ④パートタイム勤務をしたことがあるか、他のキャリアがあるか、産休・育休など休暇を取得できているか、ボーナスの有無 
  • ⑤自分の給与に満足しているか、自分にとっての給与の意味は何か
  • 母数が少ない男性遺伝カウンセラーの回答率をあげるために、雪だま式サンプリング法を用いた。
  • それぞれの項目のうち、年収と有意に関連がある項目を説明変数として、年収を目的変数とした多変量解析を行った。

結果

  • 392件の回答(10%)が得られ、355件を分析対象とした。
  • ①の質問への回答では、臨床での勤務者は約75%だった。

 

  • 各質問項目のうち、下記の項目で男女で有意差が認められた。

【人種】男性の方がヒスパニック系・ラテン系の遺伝カウンセラーの割合が高い
【臨床か非臨床か】男性の方が非臨床で働く割合が高い
【臨床の遺伝カウンセラーの年収】男性の方が女性より平均年収が4,048ドル高い
【非臨床の遺伝カウンセラーの年収】男性の方が女性より平均年収が20,888ドル高い

 

  • 性別に関わらず年収との関連を認めた要素は、性別制度委員会の認定を受けているかどうか臨床か非臨床か経験年数交渉の回数リーダーシップ経験の回数であった。

 

  • 臨床の遺伝カウンセラーの年収に対して、上記の要素を説明変数として多変量解析を実施した結果、性別だけ有意差を認めず、他は有意な関連を認めた。有意差はなかったものの、他の因子を調整したうえでの男女の年収差は約1,500ドルと予想された。

 

  • 非臨床の遺伝カウンセラーの年収に対して、同様の解析を実施した結果、性別経験年数のみが有意な関連を示した。他の因子を調整したうえでの男女の年収差は約24,000ドルと予想された。

 

  • 賃金格差があるかどうかの意識調査では、女性遺伝カウンセラーでは61%、男性遺伝カウンセラーでは44%であり有意差を認めた。「管理職になる機会が男女で平等である」と答えた割合は女性遺伝カウンセラーで79%、男性で89%とともに高かったが、はやり女性では少なかった。

 

  • 自分の給与への満足度は、遺伝カウンセラー全体で75%だった。また、65%が給与は「自分の仕事の価値を示すもの」と答えていた。

考察

  • 遺伝カウンセラーの男女の年収予測モデルでは、男女が同じ割合で交渉していたとしても、また、リーダーシップの経験が同じでも、男性遺伝カウンセラーの方が賃金が高いことがわかった。つまり、遺伝カウンセラーの間でも看護職でみられるような「ガラスのエスカレーター」効果が起きている可能性がある。

 

  • そもそも遺伝カウンセラーの大多数が女性である要因として、「援助職」=「女性の仕事」という社会的観念が影響しているかもしれない。遺伝カウンセラーは分子/臨床遺伝学から心理支援まで広い技能を持ち合わせているが「援助職」とくくられることで社会的に「女性の仕事」とみなされている可能性がある。また、女性は仕事に対し「昇給の交渉をすることで雇用主からの評価が下がるのでは」と思いやすい傾向があり、女性が多い職種で給与格差を広げる要因となっている。

 

  • 他の社会学研究で、女性は自身の給料を他の女性と比べて適切かどうか判断する傾向があると知られている。今回の研究で女性遺伝カウンセラーの大半が「自身の給与に満足している」と回答していることからも、女性遺伝カウンセラーが男女の賃金格差に気付かないままでいると、不当に低い初任給で雇用されたり昇給の機会を得られないでいる可能性がある。

 

  • 非臨床の遺伝カウンセラーの給与が臨床より高かった要因としては、営業・経営企画・人事など他の役職に対する給与が付与されるからではないかと予想される。非臨床の遺伝カウンセラーに男性が多い理由としては、非臨床では心理社会的な援助技能はほとんど必要とされないため、「援助職」のイメージが薄れるからだろう。また、男性遺伝カウンセラーの方が給与が高い傾向の理由として、臨床より企業の方が昇給の機会が多く、その際に男性が方が大胆な昇給を要求する傾向があるからではないかと予想される。 

提案

  • 回答者の多くは賃金の不平等があることに気づいていなかったことから、遺伝カウンセラーの職能団体は全ての遺伝カウンセラーにその事実を周知する必要がある。そうすることで雇用主側も男女の賃金差について説明責任が生じ、賃金格差が是正されていくだろう。

 

  • また、職能団体は、男女の賃金格差をなくすために、全ての遺伝カウンセラーに対し、交渉やリーダーシップのスキルを提供する仕事をする必要がある。

限界

  • 回答率が10%低いため、遺伝カウンセラー全体の傾向を捉え切れていない可能性がある。
  • 回答者の中では比較的若い年齢の遺伝カウンセラーが多かったため、以前のパートタイム勤務、離職、出産/育児休暇を経験した遺伝カウンセラーが少なく、これらが年収に与える影響を正確に測定できていない可能性がある。
  • 測定されていない項目が年収に影響を与えている可能性は否定できない。

以上です。

 

私見

読んだ感想・読んでよかったこと

  • アメリカの遺伝カウンセラーの年収は男性より女性の方が低いということ自体を初めて知った。

 

  • しかも「ガラスのエスカレーター効果」という「ガラスの天井」の逆があるということも初めて知った。

 

  • 「一般的に女性の方が、昇給を要求することにネガティブなイメージを持ちやすく、賃金格差の原因になっている」という点は「私やっちゃってるわー」と痛感する自分のためにも未来の遺伝カウンセラーのためにも、今後は意識していきたいと思う。

 

  • 男女の賃金差が非臨床の方が顕著という点は、裏返せば、病院勤務では、性別に関わらず昇進・昇給は簡単ではないということですよね・・・。病院勤務の私にとっては、うすうす分かっていたことだがやはり残念。

 

  • しかし!今回の研究で、性別に関わらず遺伝カウンセラーの昇給に影響する因子が知れて、モチベーションアップにつながった。臨床の遺伝カウンセラーの昇給の要因は、経験年数交渉の回数リーダーシップ経験の回数】!今後のキャリアプランを考えるにあたり、このような要素を意識すれば「ずっと同じ年収を脱出できるはず!」と希望を持てた。専門職の技能も大切だけど、こういう「世渡り術」って大事ってことですね。

 

  • 女性でも男性でも、遺伝カウンセラーの給与は臨床より会社勤務の方が良さそう。特に男性遺伝カウンセラーは会社勤務の方が病院勤務より昇給の機会は多いと予想されるので、キャリア形成の参考になるかもしれない。

 

  • とはいえ、何を仕事で重視するかは人によって様々。あくまで今回は年収だけに特化した話なので、年収と「仕事への満足度」はまた違うと思います。

 

  • アメリカの遺伝カウンセラーの年収の高さに、改めてびっくり。医療従事者全体的に日本の方が年収は低いと聞きますが、ちょっと悲しい(泣)

 

詳しく内容を知りたい方はオープンアクセスで誰でも全文を読めますのでチェックしてみてください。

また、論文紹介の内容でご指摘などありましたら、コメントまでお願いいたします。

 


今日も読んでいただきありがとうございました。

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 井令 咲絵(いれさき)

*1:原著は「遺伝カウンセラー」ではなく「遺伝カウンセリング専門職」と記載されています。アメリカでは「認定遺伝カウンセラー」以外にも「遺伝カウンセリング担当者」として活躍している方々がいるためですが、ここでは分かりやすくするために「遺伝カウンセラー」と記載しています。