【文献】出生前検査のあいまいな結果をどう伝えるか?
出生前検査のあいまいな結果とは?
みなさんは羊水検査で「表現型にどう影響するか分からない染色体構造異常が見つかった」という経験はありますか?
もしくは「見つかった染色体構造異常がその原因かどうか分からない」とか。
時間的余裕があれば両親の染色体分析をして同じ構造異常があるか確認したり、施設によってはマイクロアレイ検査までして切断点から表現型を予想したりするかもしれません。
それでもやっぱり最終的には「育ってみないと分からない」ってこともありますよね。(´ー`)
ただえさえ、やっかいな意義不明なバリアント(VUS)。
妊娠継続に関わる時期の説明なんて、さらに気を使います。
アメリカでは今年、ACMG(臨床遺伝専門医の学会)が、
”出生前検査で Exome Seqenceを行う場合の注意点”という声明を発表していますし、
今後、日本でも出生前検査でVUSが偶然見つかってくることがあるかもしれません。
ACMGの声明では、
「まず事前にVUSも知りたいか夫婦の意思を確認しておくべし。基本的にVUSは開示すべきでないが、胎児の所見に関連がありえる遺伝子でのVUSであれば開示も検討すべし_φ( ̄ー ̄ )」と書いてありますので、
「いやいや、VUSなら開示しないでしょ!!」というわけでもなさそうです。
では、どうすれば出生前検査のVUSによる混乱や不安を軽減することができるのか?
そんな疑問を調べたのが今回の研究です。
この論文を読んで何が変わった?
読む前は、
自分だったらどうするかイメージがつかなかったですし、
もしそんな現場に遭遇したらむちゃ困るだろうなー(T-T)
なんとなくで挑んで先生任せになってしまいそうだなー(´Д` )と思っていました。
でもこの論文を読んで、
「普段のVUSの結果説明の時に感じてたモヤモヤってこれだったんだ!」とすっきりしたり、
「出生前検査以外でも、VUSの結果を伝える時に意識する点が分かった!」
「もしこの状況に遭遇しても、落とし所はイメージできそう!」と少し自信がつきました。
\\\\٩( 'ω' )و ////
ということで、
ここでは私が試してみようと思ったポイント2つ(具体例4つずつ)を紹介したいと思います!
p(^_^)q
今回参考にした文献はコチラ
タイトル
出生前検査のあいまいな結果について医療者と夫婦はどう交渉し、解釈するのか?
-現場での相互作用の分析-
How do geneticists and prospective parents interpret and negotiate an uncertain prenatal genetic result? An analysis of clinical interactions
J Genet Couns. 2020;00:1–13.
研究デザイン
質的研究(エスノグラフィック・アプローチ)
方法
デンマークの大学病院で、マイクロアレイ出生前検査で意義不明なバリアントが検出された症例に対し、夫婦の同意が得られた16組の結果説明のセッションを録音。
その内容をカテゴリー化し、遺伝カウンセリング担当者と夫婦との間でどのような会話がなされていたか、テーマ分析した。
※デンマークでは全ての妊婦に対し保険診療としてコンバインド検査を実施していて、そこで陽性となった妊婦はNIPTか侵襲的検査を提示され、多くは侵襲的検査を受けるとのこと。今回の研究も胎児異常所見は特に指摘されていない夫婦が対象となっています。また、人工妊娠中絶は妊娠22週以降は専門機関での審議で認められれば合法とされ、このような意義不明のバリアント検出を理由とした中絶が却下されることはほとんどないと論文に記載されています。 ←∑(゚Д゚)!!
結果
セッション の多くは、
・セッションまでの経緯や夫婦の疑問の整理
・結果説明
・「赤ちゃんは健康なのかどうか」の議論
の流れで構成されていた。
全体を通して、あいまいな結果は、医療者と夫婦で「交渉」され、社会的・文化的な理解で「再構成」されていた。
出生前検査のあいまいな結果をどう伝えるか?
ポイント1 まず、情報を知識に変えていくべし
情報は「こういうバリアントが見つかりました」というデータです。
このままでは扱えませんので、意思決定に使える知識に変えていく作業が必要です。
エビデンスがあれば分かりやすく説明すればいいのですが、VUSの場合はそうはいきません。
そこで筆者は、あいまいな結果を理解するために4つの交渉が行われていたと記載しています。
✏️1−①、そもそも人生には曖昧なことがあり、これだけが特別なことではないことを確認する
本文では「正常化戦略」と呼ばれ、
子どもがどう発達するかだけでなく、私たちが生きる毎日が不確実性とともにあることに気づいてもらうことで、
今起きていることは普通のことであると理解しようする試みです。
また、「健康であること」「普通」の範囲はどれくらいか?を話し合うのも正常化戦略の1つです。
どんな子どもでも得意・不得意があり、不得意なことへの寛容さが社会にあることを夫婦の経験から納得してもらえるとさらに良いでしょう。
✏️1−②、この混乱の原因を最新技術のせいにして、医療者と夫婦とを同じ立場に置く
夫婦は「なぜこのような不安や混乱が生じているのか?」と、責任の所在を無意識に求めますが、もちろん答えはありません。
そこで、「技術の発達のせいで生じてしまった問題」とすることで、責任の所在を診察室の外に起き、医療者も同様に困っている立場、一緒に考えていく立場であることを確認します。
✏️1−③、結果の良い面を強調する
例えば、
・バリアントのタイプが重複だった場合は、欠失よりも重複の方が表現型への影響が小さいことが多い
とか、
・確かにこの遺伝子の機能が失われるとこのような症状が予想されるが、医学的に報告されているものは症状がある子どもだけ。そのため、同じバリアントがあっても症状がない子どもの方が実際にはありふれていることなのかもしれない
と伝えたりして、考えられる様々な解釈のうちのポジティブな面を強調します。
✏️1−④、明らかに違うことを確認する
セッションの最後の方で、夫婦から「あの・・・生まれてすぐに死んでしまうっていう意味ではないですよね?」「手足が動かなくなるっていう意味ではないですよね?」という質問が飛んでくることがあります。
これは、夫婦が想定する「さらに悪い状態」を否定していくことで、情報のあいまいさを小さく作業です。これにより夫婦の「何が起きるか分からない」という不安を小さくすることができます。
ポイント2 次に、知識を行動に変えていくべし
遺伝子検査のガイドラインでもよく出てくる考え方ですが、
医療者が知識を正確に伝えたとしても、患者さんが行動に結び付けられない状態のままで放置してしまうのは非倫理的と言えます。
夫婦が知識に圧倒されず、自分達でコントロールできる状態にしていくには、
知識に意味付けするステップが必要です。
簡単に言うと、夫婦が「この情報があったから、こうできた!」と言えるようにしましょう、ということです。
筆者はこの意味付けの例として、「夫婦が知識を再構成する4つの作業」を挙げています。
✏️2−①、今回の結果を妊娠を継続するかどうかの判断材料とする(注!)
文献には「夫婦のほとんどが妊娠継続の意向を示した」とあります。
筆者は、妊娠を続けるかどうかの意思決定を医療者がどちらかの方向へ誘導することは好ましくなく、できるだけ中立に、2つの選択肢があることを説明すべしと言っています。
(注!)この点は国が違えば議論が別れるところかもしれません。
日本で出生前検査のVUSの扱いに関する公のコメントは出ていませんが、私は正直、VUSの結果で妊娠中断の選択肢を出すことはないと思います。ご夫婦から質問があれば丁寧にお話ししますが・・・。
✏️2−②、今回の結果を、後悔しない選択をするために役立った情報とする
あいまいな結果であれ、何も分からなかった状態よりは想定される問題への準備ができるのでよかった、と解釈する方法です。
「準備」とは具体的に、地域の発達支援センターの情報を集めたり、初期症状をリストアップしておいたりする、などです。これにより、もし何かあっても大丈夫、という安心感につながります。
一方で、筆者はこれに2つ問題点を指摘しています。
1つは、「知識には痛みも伴う」という点です。
つまり、本来なら子どもへの期待であふれているはずの妊娠期に、子どもの発達の問題が指摘されると、その心配はなかなか消えないということです。
夫婦が「この子には"何か"が起きるのではないか」とずっと心配してしまい、子どもへの関わり方に影響が出る可能性があります。
よって、医療者は夫婦がその後もVUSの情報を過度に意識してしまっていないか、気にかけていく必要があるでしょう。
2つめは、この方法はあくまで欧米の文化に依っている手段であるという点です。
本文では、「できるだけ早く情報を入手して対策するのが良い」という考えは、
「健康問題は自己責任」とする個人主義、欧米の価値観に基づいたものであると指摘しています。
では日本ではどうでしょうか?
臨床心理学者として高明な河合隼雄さんの本に書かれていたことですが、
日本人の文化には儒教の「中庸」という考え方が流れていると言われます。
中庸とは、両極端の意見も共存できるように、敢えてあいまいな部分を残すことで、和を保とうとする傾向のことです。
日本人みんながそうというわけではありませんが、
あいまいな情報に対して無理に「早く分かってよかったですね!」と押し進めるのは、
日本ではそぐわないかもしれません。
あいまいな情報を、「あいまいなまま、そっとしておく」ということができれば一番いいですよね。
✏️2−③、次に必要なステップは何かを考える
夫婦がここまでの会話で意味付けた解釈をもとに、次の方針を決めます。
例えば、
・発達支援の専門家から話を聞く
・超音波検査の予約をとる
などです。
特に超音波検査は、胎児異常が特に指摘されていない夫婦にとっては、安心感をもたらす効果があり、筆者も積極的に予約をとるのが良いとしています。
✏️2−④、赤ちゃんの他の情報へ意識を向け、愛着と将来への希望へ結びつける
筆者は、結果説明のセッションをきっかけに、
さらに超音波検査へつなげたり、胎児の性別の情報を伝えたりすることで、
夫婦はより赤ちゃんへの愛着を持てるようになると言っています。
(たぶん、欧米では日本ほど超音波検査がルーチンでされていないので、
超音波検査の効果を強調しているんだと思います)
そうですよね、実際にエコーを受けている妊婦さんをみていて、そんな感じがしますね。
もともと夫婦が感じていた赤ちゃんへの愛情や将来への期待を取り戻していく。
やっぱりそこが一番大事だから、
その本来の目標を忘れないように遺伝カウンセリングに臨みましょうということですね。
明日からの実践に向けて
いかがでしたか?
あ、これやってるー!( ・∇・)っていうのなかったですか?
私は結構あるある!っと思って読んでました。
まず、VUSの結果説明の時に感じていた「『他にも曖昧なことがあるから』とか言ったり、ポジティブな方向に話をもっていったりするのは私のエゴなのかなぁ。それでいいのかなぁ・・・」という思いが、
「正常化戦略」とか「患者さんのコントロール力の回復」のためにしていたんだなぁと理解できてすっきりしました。
こうやって、
遺伝カウンセリングの現場で起きている見えない動きを、
言葉で表現する論文ってすごい力を持っているなぁと衝撃を受けました。
(*_*)
また、VUSの結果説明時に意識する点を知れたので、次回から患者さんの様子に合わせて使ってみようと思います。
_φ(・u・
さらに、当初はイメージすらできなかった、
出生前検査のVUSの結果説明の落とし所が、
赤ちゃんへの愛着や将来への希望を感じてもらえるような方針へつなげていく、
ということだと分かったことで、
迷える子羊から羊にレベルアップした気がします。
\\\\٩( 'ω' )و ////
以上、読んでいただきありがとうございました。
200記事達成まで、ゆっくりとでも更新を続けていきたいと思います。
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